
「IZREEL(イズリール)」は、今とても勢いのあるファッションブランド。
2003年にスタートし、現在では国内外のバイヤーから注目を集めています。
今秋には東京コレクションにも初参加するなど、大躍進中のブランドなんです。
(上画像はIZREELの最新版オリジナルカタログ!)
そのIZREELデザイナー兼(株)IZREEL代表取締役の高倉一浩さんをお招きして
バンタンデザイン研究所にて特別講演会を開催しました!
高倉さんがIZREELを立ち上げるまでの経緯や自身の信条、今後の展望など
これまでどのメディアにも語ることがなかったという貴重なお話。
ここで、一部を大公開しちゃいます!!
高倉さんがアパレルのキャリアをスタートさせたのは大学卒業後。
某大手アパレル企業に就職し、5年間、ゴルフウェアの営業職を勤めます。
「大手企業に採用されたのはよかったのですが、ゴルフウェアの営業は
正直、自分が想像していたファッションの仕事とはかけ離れていました。
にも関わらず5年も続けたのは、その先の展開に希望があったからです。
自分の理想と少し違うからといってすぐに投げ出すことはしませんでした。
今後の展開を冷静に見据えて目の前のチャンスを確実につかんでいく。
理想しか見えていないと、目の前のチャンスすら見逃します。」
営業職を5年間経験した後、自ら異動願いを出して生産部門に3年。
その後には、再び自身の希望で異動、MD(マーチャンダイザー)を3年務めます。
「ドルチェ&ガッバーナのスーツで営業の地方回りをしていた時、
田舎の無人駅に立っている自分を見て虚無感にかられまして(笑)
営業職ではファッション界の“売る側”を見てきたので、
次は“つくる側”の勉強をしようと生産部門へ異動願いを出しました。
生産のこともある程度理解できたと思った頃、次はMD職に。
回りの環境を最大限に利用して、いろんなことを吸収しました。」
大量生産ブランドのMD職に就き、そのブランドの顧客の顔が見えないまま
MDという仕事をしていくことにだんだん違和感を覚えるようになった高倉さん。
大きな会社にいて窮屈に感じるようになり、独立を考えるようになったそう。
「IZREELを立ち上げるときには、本当に辛いことが多かったです。
企業にいたときにはいい付き合いをしていた方々も
僕が独立すると知って、全員ではないけれどどんどん離れていきました。
もちろんIZREELが軌道に乗るまでは、お金もないし人も雇えない。
うまくできていない自分を認めるのもとても辛かった。
でも、プライドを捨ててでも、好きなことを本気でやる!と決めたんです。
もう自分にはIZREELしかない!と自分を追い込んで、踏ん張りました。
他に逃げ道を作らない、というのは僕の信条です。
用意した逃げ道に逃げても、絶対悪いほうにしか行かないですから。」
「勝つまでやる。だから勝つ!」という(株)ワタミ社長の言葉を聞いて、
自分も(辛い状況下の時も)今勝ちに行ってる途中の段階なんだと考えた、と
何とも忍耐強く、目標を決してあきらめなかった高倉さん。
IZREELが国内外でその名を知られるようになった現在でもまだまだ
先のもっと大きな目標に向かって着実に計画を進行していらっしゃいます。
「IZREELを着た人が、その服いいね!って褒められて、いい気分になって
その日いい仕事ができた、とかいうふうに、関わった人に元気を与えられる、
そんなブランドにしたいんです」という高倉さんの言葉に、
学生たちはウンウンとうなずいていました。
若くてもファッションに対する気持ちは同じです。
好きをあきらめずにIZREELをここまで大きく育て上げ、
さらに世界に向けて躍進中の高倉さんのお話、みんなはどう感じたのかな。


